「人為ミス」は本当に「人為ミス」か

・・・ドイツ・リニアモーターカー事故報道から考える・・・

悲しいことではあるが,ドイツのリニアモーターカーの実験線で,事故が起こり,死者,負傷者が多数出る事態となった.関係する方々には,お悔やみ・お見舞い申し上げる以上のことはできないのが心苦しい.

この事故は,ドイツ北西部ラーテンで22日午前9時半(日本時間同日午後4時半)ごろ,実験線で高速走行中の独版リニアモーターカー「トランスラピッド」が軌道に止まっていた作業車に衝突したものである.犠牲となったのはリニアモーターカー側に乗っていた23人,負傷したのはリニアモーターカーに乗っていた8人と作業者に乗っていた2人の計10人であった.

問題はここからで,読売新聞や朝日新聞などのネットニュースを見る限り9/23の時点で「人為ミス」の文字が躍っていた.この「人為ミス」はドイツの検察当局の発表の引用ではあったようだが「事故原因は人為ミス」というような見出しも躍っていた.さらには,TVでも「鉄道アナリスト」(敢えて鍵括弧をつけておく)のコメントなどにもそういうものがあった.

しかし,これは本当であろうか.確かに人間のやったことによる結果が事故であるから,どこかでミスが発生したことには間違いがなさそうだ.また,今回は「列車がブレーキをかけたのにとまらなかった」というような状況でもなさそうなので,機械のミス(つまりは故障)でもなさそうだから,人間の犯したミス,つまり「人為ミス」と言うことにはなるだろう.

ところが,本当に人為ミスなのだろうか.この問いかけは,上で書いたことと矛盾しているようではある.しかし,私が言いたいのは「この事故の原因たる『人為ミス』の裏にもっと大きな問題が潜んでいないか」ということである.

たとえば,日本の電車で,終点の駅で,止まりきれずに車止めに衝突する,と言う事故を考える(実際このような事故は結構ありますよね).その状況で,誰(何)が悪いのか.まず真っ先に悪いとされるのは運転士である.当然運転士が運転をしている以上,間違った運転をすれば当然事故になる.「人為ミス」の結果である.

しかしながら,この運転士が,実は事故直前,心臓発作で倒れていて電車が暴走したのだったらどうだろうか.

やはりこの運転士が悪い,と言えるだろうか.単純にそうとは言い切れない場合が出てくる.心臓発作を起こすような運転士に運転させた鉄道事業者が悪いかもしれない.現在の日本なら,ATSという装置があるが,それを(適切に)設置・運用していなかった事業者・技術者が悪いかも知れない.

要は,鉄道と言うもの(あるいは鉄道の安全に運行すること)を一つのシステムとしてみた時に,そのシステムに危険な箇所が内在していることが問題なのではないか.

もっとも,そもそも鉄道はそのシステムに危険な箇所を内在していると言える.電車が動けば,それ自体,人に危害を加えかねないからである.そこで,何らかの策を講じて危険を減らすことになる.このあたりの話は別の機会にするとしよう(でないと,リスク・ハザード等々の説明からしないといけないので,この文章がえらく長くなるから).

今回のリニアモーターカーの事故もまったく同様で,最終的な原因は「人的ミス」,つまり打ち合わせ不足や誰かの勘違い,かも知れないが,本当の原因は,200km/hのような高速で走るものから前方を監視することなど不可能なのに(これは,人間が前方の危険を感知してから制動をかけ,安全に停止するまでの距離が人間が前方の危険を感知できる範囲より先にある,という意味である),軌道上の車両の有無を検知するシステムも無しに走行させたことにあるのではないかと思う.勿論,最終的な原因は,調査報告を待たなければわからないことは言うまでも無い.

しかし,日本のマスコミの報道を見ていると,表面的なことだけを捕らえて,その裏にあるものや,あるいはシステム全体の「ここが悪い」という報道は中々見られない.今回の件も然りである.

社会の仕組み(たとえば民主主義という枠組みそのもの,や宗教なども)は,それ自体が一種のシステムである.システム全体を見渡して欠陥を指摘するような精神が無い限り,システム全体の欠陥は良くならないと思う.世論を誘導するマスコミがシステムの見方に対してこのような有様だから,梢は改善できても幹(全体)は良くならない,つまり社会全体ではちっともまともにならないんだろうなぁ,と思いますが,皆さんいかがでしょうか.