さて,ここからが本題である.普段我々は漠然と「安全」とか,その反対に「危険」とか言っているが,そもそも「安全」とは何だろうか?「安全」を念仏のように言い続けているだけで良いのだろうか?いや,そんなことはあるまい.それではただの「安全宗教」でしかないだろう.
一つ例を挙げよう.安部総理は今(2007年初頭)「美しい国」を目指している.暫くして「はい,美しい国になりました」といわれたとしよう.本当に「美しい国」になったのか評価できるだろうか?いや,できない.なぜなら「美しい国とは何か」という評価基準を予め決めていないからだ.
これとまったく同じで「(対象とする物事が)どのぐらい安全なのか」の評価基準,つまり「安全とは何か」を定義しなければ安全について論じることはできないだろう.そこで,本節では「安全」とは何かを定義し,それに付随する用語についても定義・解説をすることにする.
安全とは何か,を(工学的に)定義しなければ話は始まらないことは既に述べた.そこでここでは,安全とは何か定義しよう.とはいえ,一般の感覚と工学的な定義が乖離してしまっては(社会で受け入れてもらえるという側面で)意味のない定義になってしまうので,そこのところは十分考慮しなければならないのは言うまでもない.
JIS(日本工業規格)によると「安全(safety)」とは,受用できないリスクから免れている状態」1)である.ただし,このJIS規格にはISO/IEC Guide51第2版から引用した,とあるので,この定義自体はISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議),そしてJISの共通の認識である.ISOやIECで採用されているのだから,この定義を用いて問題ないと思う.ちなみにWikipedia(英語版)でのSafety
の記事はこちらである(日本語版に本項執筆(2007.01.14)時点で「安全」の項目はない).
前節で安全の定義をしたが,この中で「リスク」という言葉が出てきた.英語で書けば"risk"であるが,この言葉の意味は何であろうか.たいていの英和辞典を引けばriskは「危険」と訳されている.しかし,ここで言うリスクとはこれとは厳密には意味が異なる.
「リスク(Risk)」とは,危害の発生確率と危害のひどさの組合せ2)である.「危害の酷さ」とは,例えば犠牲者の数や怪我の程度などである.事象の発生確率は,発生頻度と相関関係にあると見なせるから(例えば,ある事故の発生確率が10%/年ならば,その発生頻度は10年に一回,と計算できるだろう)「リスクとは,危害の発生確率(または発生頻度)とその過酷さの対,あるいはそれらの対の集合」3)と考えても良いだろう.
ただし,発生確率と過酷さを掛け合わせてそれらの積を求めてしまうと,元の情報が失われてしまうので,注意する必要がある.つまり,「発生確率1%で事故がおこり,その事故による死者数は100人である」というリスクを,その積をとって「リスクは1である」と言ってしまうと,先にあげたような事象のリスクなのか,それとも「発生確率10%で死者数10人」の事象のものなのか,あるいはその他の種類なのか,まったくわからなくなる,ということである.
前節で見てきたように,安全とはリスクが一定水準以下であることであり,リスクとは危害の発生頻度と過酷さの対であった.ということは,工学的安全を実現しようとすれば,リスクを減らせば良いと言うことになる.では闇雲にリスクを減らせばいいのかと言うと,そうとも言い切れない.
たとえば,交通事故にあって死ぬ,という危害を考える.2006年の場合,事故発生から24時間以内に6000人ほどの方が亡くなり,合計でおそらくその2倍から3倍の方が交通事故が原因でなくなっていると見積もられているが(保険会社ならいざ知らず,警察庁の発表で「交通事故死」として統計に表れるのは事故発生から24時間以内に死亡が確認された場合のみである.これをネタにしたものがドラマ「踊る大走査線」にありましたね),これを0にせよ,となったらどうなるだろうか?
おそらく自動車交通は機能麻痺になる.というのもリスクを0にしようと思えば車を走らせないほかなくなるからである.しかしそれでは現代生活は成り立たない.人の移動もできなければ物流も成り立たず,おそらく日本人は飢え死にしてしまう.
そこで,リスクを闇雲に減らすことはせずに「リスクにある基準を作って,それよりリスクが少なくなればOK,ということで安全を担保しよう」という考えに到達する.これを目標ベース規制(goal-based regulation)という.これはリスク活用規制(risk-informed regulation)と同種の考えに基づいている.
ここで注意したいのは,目標ベース規制ではリスクの目標値は与えられるが,目標達成手段は制限されないということである.リスクが目標値以下になるのであれば,どのような手段を使っても良い.逆に,その手段のほうが一人歩きするとおかしなことが起こる場合がある.例えば,転落防止に柵を設置するとき,その高さを1m以上にすることを考える.1mの柵があれば殆どの人が転落しないから,と1mという数字を誰かが最初に決めたとして,そのあと皆が柵の高さを決定した理由を忘れると,柵の下に踏み台になるようなものを置いておいて,誰か(特に子供)が転落する事故につながる,といったことである.
リスクについてもう少しだけ補足しておく.前節で「目標ベース規制」を取り上げたが,これまでのリスクの説明だけではこの規制を行うには少々無理があるからである.というのも,この世は1.1.2で述べたような「発生確率1%で事故がおこり,その事故による死者数は100人である」というようなリスクばかりではないからである.
つまり,何が言いたいのかと言うと例えば交通事故のリスクには「発生確率10%で死者1名」というものと「発生確率1%で死者10名」というのと「発生確率0.1%で死者100名」というのと・・(そのほかも無限の種類がある)・・と無限の種類のリスクが考えられる,ということだ.
ましてや原子力発電所のように一旦事故が起こった場合に多数の犠牲者が予想されるような場合には,「当日の天候の確率が・・・」とか,不確定要素が多すぎ,危害の程度(犠牲者数)と頻度(ある犠牲者数の出る事故の起こる確率)は連続的に分布することになろう.そこで登場するのがファーマカーブである.
ファーマカーブは,縦軸に危害の頻度を,横軸に危害の程度をとったものである.横軸xはxを超える程度を表す.例えば「X=10のところの頻度は犠牲者10人以上の事故の起こる頻度」を表す(例を挙げないと訳わからないと思うのでそのうち例を出します.少々お待ちください.).目標ベース規制を行うに当たって,目標となるリスクが描く曲線の左下に機械やシステムのリスクが描く曲線がくれば,目標を達成したことになる,というような使い方をする.
本節では安全についての定義,及びリスクの概念と定義,そして安全を作るうえで欠かせない目標ベース規制について述べた.次節では,いかにしてリスクを低減するのか,その方法について述べる予定である.次節完成まで暫くお待ちください.
このシリーズはまだまだ続きます.次回にご期待ください.